聞いた話

「よく電車の中で、一点を見つめながら、何かブツブツ喋っているおじさんがいるじゃないですか」
「ああ、たまに見かけるよね」
「俺は、今まで3回くらい見たことがあるですけどね、同じ人なんですが」
「ああいう人は何を喋っているんだろうね」
「俺も何喋ってるんだろうと思って、一回耳をすませて聞いてみたんですよ」
「で、何喋ってたの?」
「正直言うと、あまり話していいのかどうか、気が引けますけど・・・
「俺が聞いたのは、○○線の中でなんですが、10時か11時くらいでしたかね。バイト帰りで電車に乗ったんですが、もうその時間帯になるとラッシュ時を超えてますから席もだいぶ空いてまして、車両の端の方のボックス席に座っていたんです。そしたら、2つ目の駅でその例のおじさんが乗ってきたんですよ。見た瞬間に『あ、あのおじさんだ』って気が付いたんですが、まあ静かにやり過ごすかと思って見ない振りをしてました。
「例によって、もう乗車時からブツブツ何か喋ってるんですけど、車内の人も関わり合いになりたくないっぽい感じがひしひしと伝わってきましたね。それで、一駅過ぎると乗客もぐっと減ったためなのかわかりませんけど、俺の座っている方に近づいてきたんですよね。『えっ! こんなに空いてるのに何で?』って思ったんですけど、いきなり席を立って移動するのもまずいかな、と思ったんでそのまま座ってました。そしたら俺が座ってる席の向かいにおじさんが座ったんです。
「俺は『うわっ』と思いながらも視線だけは合わせないようにしてたんですが、相変わらず何かブツブツ喋ってるんですよ。俺はもう、気が気じゃなくてチラッとおじさんを盗み見したんですが、おじさん俺の顔見てないんですよね。何か窓の外をうつろな目で見ながら、ブツブツ喋っていたんです。
「あー何か恐いなぁ、と思いながらも『何喋ってんのかな?』って気になったんで、ちょっと盗み聞きしたんですが、おじさん何喋ってたと思います?
『・・・○月○日、○崎の仕事ミスで損害を受ける。後日、○崎の家を放火したが、○崎は生き延びている。全くもってしぶとい奴である。○月×日、△川の俺に対する態度が気に食わなかった。後で刺してやろうと思ったが、タクシーで逃げられたために叶わず。○月□日、I沢が俺の仕事に文句を言った。奴はムカツクが、上司であるため刺すことは断念す。代りに飼っている犬を刺してやった。すっきりした。○月▽日、D野に呼ばれて殴られた。奴だけは許せない。顔も態度も許せない。J山と付き合っているのも許せない。奴だけは、必ず殺す。必ず殺す。必ず殺す。必ず殺す。必ず・・・○月●日、U川が・・・』
「『おいおいマジかよ。ちょっと勘弁してくれよ。どうしよう。どうしよう。マジ逃げた方が良くねーか? やばいって。マジで』・・・もう何か落ち着かなくなりましたよ。それで、ふとおじさんを見たら右手をズボンのポケットに入れていたんですが、どうも何かを握ってるような感じなんですよね。何か膨らみ方からして、ボールペンのようなモノをずーっと右手で握ってるんです。
「・・・身の危険を感じたのはあれが初めてかもしれませんね。もうヤバイと思って俺が降りる駅じゃないけど、次の駅についたらダッシュで電車を降りました。おじさんは相変わらず席に座ってブツブツ喋ってましたけど」
「・・・それ、マジだったら相当ヤバクない? そのおっさん」
「ええ、俺も普段見ない新聞とかニュースとか次の日からかなり注目して見たんですけど、この付近で誰かが刺されて殺されたとかいうニュースは特に無かったと思います。今にして思うと、あのおじさんの妄想だったのかな? って思うんですけどね」
「フラストレーション溜まってたのかもねー。それで、そのおじさん相変わらず電車に乗ってくるの?」
「――いや、それ以来全く見てないっす」