赤江爆「ニジンスキーの手」

 吐き気がした。
 歌舞伎、バレエ、能とジャンルは違えど、その頂点を目指さんとする情熱と呼ぶには余りにも禍々しすぎる狂気に魅入られた男達の物語。どんな世界でもその頂きは正気では到底辿りつく事の出来ない場所にあるのかもしれない。だからその場所を目指すものが魔に魅入られてしまうということも何となくではあるが理解できる。
 赤江爆がつくる世界はそれぞれが極彩色の猛毒を秘めている。読んでいる時には気付かないが、いつのまにか全身に毒が回っていることになる。幻視の刃で切り刻まれた断片が読む者の網膜に強烈に焼き付けられ、読了後にもその断片がフラッシュバックのように甦り、幻覚作用を引き起こす。これ以上読むのは危険だとわかっていてもページをめくる手を止めることができない。読んでいる時の高揚感と酩酊感、読んだ後の倦怠感と嘔吐感は一種の麻薬といえるのかもしれない。
 そういうわけで、致死量に至らぬよう、この作家の作品しばらく読まないことにする。