「ひとりで夜読むな」角川ホラー文庫

牧逸馬「ヤトラカン・サミ博士の椅子」

 牧逸馬の作品は何だか論文を読んでいる気分にさせられる。本作も物語としての動きはほとんどなく、1929年にインドへ旅行した日本人観光客が立ち寄った喫茶店で、奇妙な形の車椅子に乗った老人と会うというだけの話である。その車椅子の老人、ヤトラカン・サミ博士は旅行客の手相を見ることを生涯の糧として日々過ごしているのだが、西欧諸国を相手とした観光地と発展してゆくセイロンの実情、婆羅門主義、手相学、占星学などから、いかなる理由と信念の基、彼がこのような行動をとっているかを綴っている。

 ……短い割に読むのが疲れた。

葉山嘉樹「死屍を食う男」

 旧制中学寄宿舎で同室の少年が夜な夜などこかへ出かけてゆく。不審に思った主人公は、それを探ろうとするのだが……。

 夜の学校、噂話、不審な行動を取る友人、と典型的なホラー小説という感想。どうしても他に収録された作品と比べると、失礼な言い方だが、ありきたりという言葉が出てしまう。ごめんなさい。

小栗虫太郎「紅毛傾城」

 千島ラショワ島沖でロシアの軍船を落としたラショワの民は、その軍船から逃れてきた緑の髪を持つ美女フローラを保護する。フローラは、船からこの島の上に金色の幻暈を見たと言い、この場所こそが世界のどこかにあると言われる黄金郷(エル・ドラドー)ではないかというのだが……。

 舞台が日本(正確に言うと違うけど)であるにも関らず、どこか異国的な雰囲気の漂う世界。ラショワ島の女帝、紅琴とフローラのやりとりが耽美的で妖しい。島内で連続して殺人がおこったり、黄金郷の謎が明らかにされたりと夢幻的な世界と探偵小説の形式を融合させているが、どちらかと言えば雰囲気を楽しんで味わう作品ではなかろうか。

渡辺温「可哀想な姉」

 亞者の姉に育てられた少年が大人へ成長するにつれて、姉は少年の成長を嫌うようになる。やがて少年は自分をたった一人で養ってくれている姉の職業に疑問を抱くようになり……。

 これは、素晴らしい! 詩的なスタイルの作品で、姉と少年のやりとりはどこか滑稽にさえ見えるのだけれども、破局を迎えた時の残酷さでは本作品集の中で一番かもしれない。大人へと成長する過程で少年と姉との間には深い溝が出来てしまう。少年は早くこの地獄のような生活から逃れたいと思うだが、一方では姉のことを深く愛しているがゆえに逃れられないことも良く理解している。その葛藤と諦観が読者には手に取るようにわかるため、作品の物悲しい雰囲気をより陰鬱とさせている。やがて訪れる破局では、また伏線が絶妙に効いていて、読む者の心をどん底まで突き落とす。それでいて、少年の逞しさにある種の共感を覚えるのだ。

 全く、「可哀想な姉」とは何と素晴らしい題名なのだろう!

 全部感想書こうかと思いましたが、今日は力尽きたのでここまで。